三笠宮文書

支那事変に対する日本人としての内省」
〜国民政府は〜一時的思いつき〜。〜主任者某官が〜〜「国府を作ったのは自分の一生中の最大の失敗であった」と〜
〜略奪暴行を行いながら何の皇軍か。現地の一般民衆を苦しめながら聖戦とは何事か。〜

『昭和経済史への証言・下』安藤良雄編著・毎日新聞社
〜上海上陸以来、残虐事件とか婦女子に対する暴行〜罪なき民衆の家を焼くとか、実際にあった〜
〜岡村寧次大将が北支那方面軍司令官〜は四悪〜略奪、強姦、放火、暴行〜はやめなくちゃいかんとさかんに〜

『帝王と墓と民衆〜オリエントのあけぼの』〜を出版した際、「わが思い出の記」
〜〜「聖戦」というものの実体に驚きはてた〜
〜罪もない中国の人民にたいして犯したいまわしい暴虐の数かず〜〜事変当初の一部の将兵の残虐行為〜
〜軍の中枢部に反省がおこるまでには、満州事変〜から数えて、じつに10年の歳月〜
〜この反省がおびただしい人命――聖戦と信じ、進んで生命を捧げた同胞と、罪なき中国の人々――の犠牲の上になされたということを〜忘れてはならない。
〜南京の参謀〜辻政信氏を中心とする少人数の力ではどうすることもできず〜

月刊誌「THIS IS 読売」1994年8月号掲載のインタビュー
〈最近の新聞などで議論〜なんだか人数のことが問題になっている〜
〜虐殺とはむごたらしく殺すこと〜人数は関係はありません。

〜日本軍が昔からこんなだったのではありません。〜日清、日露戦争の際には、小隊長まで「国際法」の冊子をポケットに入れていたと聞きました。〜
〜我々は今後もう一度、どうして関東軍が生まれ、そしてあんな行動をするようになったのか、戦史学として再検討する必要があるでしょう〜

(江川紹子)
日本人としての内省~三笠宮文書を読み直す(江川紹子) - 個人 - Yahoo!ニュース